大手美容室検索サイトの力はすごい!

第十話 大手美容室検索サイトの力はすごい!

順調に新規客も増え、美容室ビーアンビシャスはこの年、前年比120%アップの売り上げを記録した。  
 このままの成長ペースでいくと、来年度は年間利益が1000万~になり、そろそろ法人化も視野に入れて行かなければ……と柳井は思った。個人事業主は利益にすべて税金がかかってくる。 
 しかし、だからと言って「どうせ、税金で取られるなら」といって車両購入や無駄な設備投資をして経費を増やし税金を下げても、車両の資産価値はすぐに下がるし、何よりもキャッシュフローの悪化を招く。 
 過剰設備も一度拡張でキャッシュ不足を経験している柳井にとってその場しのぎの杜撰な税金減らしであり、あとからキツイ思いをすると経験済みだ。  
 何よりも、キャッシュが一番大事なのだ。  
   
 そんな折、大手美容室検索サイトの更新時期が差し迫り、柳井は決断を下す。「今年も同じプランで新規客を呼び込みプチ社のスパを広める!」  
   
 柳井は温厚な人柄で店の雰囲気はおおらかで、お店のスタッフもみんな良い子だ。しかし、どんないいスタッフや雰囲気でも、製造業や一般の業種と違い、お客様が来て初めてさあ仕事だ!という業種では、お店が暇な日が何日も続くと、だらけが出たり、モチベーションの低下が必ず生まれる。  
 経営者は常に背水の陣であり、暇でも心折れずに必死に頑張れる。しかしスタッフは仕事も掃除も勉強も練習も実験も新規のお客様や顧客様が沢山来るからこそやる気が出る。 
   
 柳井の店はスタイリストも預金出納帳や現金出納帳、貸借対照表や損益計算書を閲覧できたり、柳井が不在の際は仕訳も教えているので、大体の勘定科目は理解し、実際に柳井の代わりに帳簿を付けたりも出来る。  
 美容室の月の出費額やこのぐらい売上上げると利益がこのぐらいであるとスタッフにもオープンにしている。  
 しかし、数字で理解しても本当の経営者の大変さは、いざ自ら借金して、自ら店舗を造成し、自ら借入金返済をして、自ら税金を払い、自ら買掛金を払い、各種経費を払い、自ら給与をスタッフに払い、預金残高、キャッシュ(現金)残高とのにらめっこを本当に経験してみて初めて経営をリアルに共有できるのである。  
   
 柳井は独立前の雇われの店長時代、勤務先の社長の矢中と飲みに行く機会が一番多く、経営面で他のスタッフでは聞けないリアルなお金の話を教わったのだが、その時聞いていた「うちは年間年商2億5000万超、借入金約1億、買掛金支払い毎月約200万、家賃支払い7店舗+別会社1店舗で約250万、給与支払いは約1000万、借入金の支払いは月に月に200万弱、銀行口座に常に3000万以上あるが、いいかユキ! 3000万などすぐに何かあったら一瞬で消えるんだぞ! 事業を継続させる! スタッフを守る! という責任は経営者になって初めてわかるし、自分が責任持つことで大きく成長できる! ユキも男ならいつか自分でやってみれ」という矢中の言葉は、規模は小さいながらも美容室ビーアンビシャスとして独立してスタッフを実際に雇用してみて初めて身にしみて解ったのである。  

 後日、大手美容室検索サイトの担当者がお店に来て契約の打ち合わせをすることになった。  
「柳井オーナーいつもお世話になっております。新規客数も順調に伸び嬉しい限りです」  
「こちらこそ、ありがとうございます。今後も同じプランでお願いしたいと思っております」  
「そうですか! 柳井オーナー! 実は今日はいいお話があります」  
「いい話?」  
「はい、新たに上位のプランが出来て、閲覧数、予約数共に大きく伸ばせます。ただ最上位プランは掲載料が高い分効果はこれまで以上ですが、ビーアンビシャスさんの現在のプランから一つ上げてもこちらのグラフで見る通り……以下略」  
「なるほど! これまでと同じ料金では、逆に同等の効果が望めなくなるという事ですか?」  
「いえ、ビーアンビシャスさんはスパメニューが充実して差別化が出来ておりますので、極端に下がることはないですが差別化できている分プランアップでより高い効果が望めますね」  
「なるほど……でも上位プランが出来た分これまでと同じ料金では表示順位が下がり実質的にプランダウンという事ですか……」  
 柳井は悩む……大手美容室検索サイトの効果は絶大だ! 必ず費用に見合った分の集客は出来るし、担当営業は人間的にも好意が持てる……しかし、これは実質、値上げではないか……  
 しかし、大手美容室検索サイトにとって大事なのはいかに一般客を自社検索サイトに呼び込み、自社の他のジャンルのサイト含めその中で動かすかだ。掲載する美容室も大事ではあるが、この会社にとって最上位プランでもない美容室ビーアンビシャスは一番大事なお客様ではない。  

 答えは決まった。それでもしがみつくか自分で努力するかである。柳井は決断する。「今回は逆にプランを下げます」「え?よろしいですか? 私としてはヘッドスパという魅力あるメニューのあるビーアンビシャスさんは是非とも皆様に知っていただきたく……」「そちらのサイトの効果は何処よりも何よりも本当に集客できるのは重々経験し承知しておりますが、一度自分の成長の為にも自力で努力してみます」  

 こうして、柳井は大手美容室検索サイトのプランを下げた。その余波はすぐに表れ、新規客数は半分以下になった。  
「本当に検索サイトは効果あったんだな」柳井は己の力不足を痛感する。そしてそのサイトの強大な力に畏怖の念を抱きつつも落ち込んだ。  
 こういう時は、オーナー仲間と話するのが一番だが、柳井には最高の仲間がいた。独立前の店からの後輩であり、スパニスト資格を共に取りに行った創成川イーストでスタッフ5人を雇用する美容室【リライトライト】オーナーの田中健とスパの師匠であるスタッフ3人を雇用する円山の美容室【オウラ】の藤山夫婦(藤山遊・藤山もと子)である。  

 柳井はどちらかと言うと、人が愚痴ると共感し「うんうんわかるよわかるよ。俺もそうだよ」と共感で慰めるタイプなのに対し、藤山夫と田中健は「そんな終わったこと愚痴るならもっとこれからの為の前向きな話しましょう」というタイプである。  
 さっそく、愚痴りたくなった柳井は田中健と藤山夫婦に連絡する。  
   
 しかし、藤山夫婦は店内のスパ勉強会があり、あとから合流。久しぶりに元エアイング同士2人きりで田中健と飲むことになった。  

 柳井が大手検索サイトの話をすると田中健はこう言った。「ユキさん! うちもですよ! プラン下げたら新規めっちゃ下がりました。新規一桁です! まじ困りました!」一瞬田中健の顔が曇る。  

 田中健が珍しく曇った顔をしたので「超ポジティブのたなっちですら落ち込んでいるのか……」柳井は柳井の脳裏に、田中健の次に続く言葉がよぎる「ひどい会社ですよね……あそこは」「独り勝ちで独占してるから殿様商売何でもありだ……」「あの会社は俺たち美容師の事なんて……」  
   
 しかし、田中健はそんな言葉を発して、愚痴りあい、傷の舐めあいをする小さい男ではなかった。  
 快晴の太陽の様に明るい顔で、まるで無関係のように明るく言い放つ。  
「これではっきりわかりましたね! 僕らは検索サイトに依存していないとなんもできなかったんですよ。いや依存して集客を任せっきりで自分で考えたり行動する事を放棄してたんですよ! なんかあるはずです、まだ自分たちで努力できることが‼ガハハ」少年のように口の横にビールの泡を付けて明るく言い放つ。  

「しかも、僕見つけたんですよ! うちらがやるべき事を!  知られてないだけなんですよ! うちらのお店は」  
「知られてないって、ホームページやブログだってそれぞれあるし、一度たなっちSEO業者頼んでめっちゃ検索順位上がってたじゃん」  
「ユキさん! SEO業者頼んだら効果高いけどお金かかる、ホームページも更新や追加作業するたびに業者頼んだらお金かかるじゃないですか! もう依存は辞めて自分たちでなんでも出来るようになりましょう」  
「たなっち、知っているのか! その方法を?」  
「え? わからないです! 僕パソコン詳しくないの知ってるじゃないですか! ユキさんの方がめっちゃ得意じゃないですか! でも、ヒントを知っていそうな人は見つけました」  
「今度、話聞きに行きません? その人の所に!」  

 柳井は速攻決断する。「行こう!」  
   
 田中健という男の世の中を見る視点は間違いない。そして、柳井と違いお金をかけるべきところ、かけないところの見極めの嗅覚は天性の才能を持っている。田中健とは10年以上の付き合いだからこそ解る。  
   
 田中健は、自分の車の2列目シート畳んだ時にブレーキや発進の度にガタンガタン前後に動くのを一年以上ずっと気にしていた。  
「いやーまじで気になる」「ユキさん、これ2列目たたんだら普通はガチャンと固定されますよね?」「そうだと思うよ! よし、俺が見てみるかい?」柳井は、田中健の車の二列目シート下をよく観察する。ん? なんかあるな。柳井は2列目シートを畳んでみる。するとシート裏面にカバーで収納された固定ベルトがすぐに見つかった。「たなっち、これだよ固定ベルト。これをここにかけて固定するんだ。見たらすぐ判るべ笑」「マジすか、こんな単純なことだったのか―。でもこんなカバー、書いてないとわかるわけないじゃないですか!」「いや、たなっち、折りたたんだ状態でこの場所に来るカバーはどう考えても開けたらドリンクホルダーでしたー! は100%無いぞ笑。100%固定ベルトしか用途無いぞ笑しかも、車の装備すべてにウインカー、ドリンクホルダー在中、こちらはグローブボックス、2列目固定ベルト在中とか文字で書いてあったら、内装の統一感わっちゃわちゃだぞ笑」「いやーまじ一年間以上悩んでましたー良かったー」  

 田中健という男の世の中を見る視点は間違いない。そして、柳井と違いお金をかけるべきところ、かけないところの見極めの嗅覚は天性の才能を持っている。田中健とは10年以上の付き合いだからこそ解る。しかし、メカは苦手である。